ブラック企業で3年働き→転職で心機一転を誓うもサラリーマンは向いてないと確信した話

桑名
どーも、桑名です。PC1台で好きな事を仕事にする方法、名もなき個人がオンラインビジネスで起業する方法を教えています。得意分野はブログ、メルマガ、DRM(おまけに転売も)。大阪在住、ご飯とお酒とスイーツ好きのアラサー♂です。
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どーも、桑名です。

前回の物語:【人生で辛い時は逃げてもいい】自信ない・友達いない・コンプレックスだらけの青春時代を回想

暗黒の青春時代を過ごした僕は、「人生をリセット」するために大学卒業と同時に、地元の岐阜を出て一人暮らしをすることを決意。

新卒採用された会社の配属先希望を「大阪」にした結果、見事に希望が通り「大阪支店」への配属が決まって、念願の一人暮らし+社会人スタートとなったのですが、、

ここから更なる試練が待ち構えていました。

 

入社1ヶ月目で戦力外通告

新卒入社した会社は、建築系メーカー。

就いた職種は表向きは「営業職」でしたが、実際の業務内容は「現場監督」も兼任しなければならなかった。

一戸建ての外装リフォームを担当していたのですが、取引先から受注取ってきたら終わりではなく、工事管理も併せて自分で管理しなければならない。

施工計画を立てて、職人に指示を出し、クレームやトラブルが出ないように、取引先や世帯主の方とコミュニケーション取りながら、無事に完工するまでが仕事なのです。

 

これって、めちゃくちゃコミュニケーション能力が求められるだけでなく、要領の良さとか、段取り力がないと務まらないわけで、

コミュニケーション能力が底辺だった僕からすると、全くと言っていいほど向いてない仕事でした(苦笑)

(なぜ採用になったのか自分でも分からない。笑)

 

しかも重症だったのが、僕が社会人として基本的なことすら出来ないという有様。

  • 電話が鳴っても出ない(どう喋っていいか分からない)
  • コピーの取り方が分からない(教わってもすぐ忘れる)
  • 先輩と現場同行する時に「これ、準備しておいて」と言われた物をすべて忘れる
  • 取引先の人が来ても挨拶せず、ずっと先輩の後ろに立ってボーッとしている・・etc

さすがにこんなダメな新入社員の仕事ぶりを許してくれるような、優しい会社ではなかったので毎日毎日怒られてたわけです。

 

入社して数日で完全に「仕事ができない新人」のレッテルを貼られてしまいました。

 

自分でも分かってるんだけど、能力低すぎて分かってても出来ない。。そして結果的に怒られるというデフレスパイラルに陥って、精神的にドンドン追い込まれていきました。

僕が苦戦してる一方で、同期メンバーたちの活躍する話を耳にする度に、

「なんて俺はダメなやつなんだ」と自己否定し、劣等感と無力感の嵐に耐える日々。

 

何度も何度も、辞めよう辞めようと、思っては踏みとどまり、なんとか必死に耐えていたわけですが、、

ある日、部長に呼び出しを受けて一言告げられます。

部長
桑名、来月から広島配属の話が出ている
桑名
・・・え?広島ですか?
部長
大阪でお前に任せる仕事はないから、明日までにどうするか答えを持ってきてくれ。

 

これは事実上の戦力外通告でした。

僕には広島に行くという選択肢以外なかったのです。

「辞めろ」とは直接言われませんでしたが、「断る=大阪に居場所がない」わけですから、辞めるしか道はないのです。

 

学生時代からなにやってもダメ、コンプレックスしかなくて、自分を変えるために大阪に出てきたのに何も変わらない自分。

元々、苦労はするだろうとは分かっていましたが、ここまでダメだとは流石に思わなかったので、自分自身に物凄く腹が立ちました。

それと同時に情けなさすぎて、、帰ってから一人で泣いてたのを今でも覚えています。

 

それでも逃げたくなかったので、広島行きの話を受けようと思ったのですが、結局その話は白紙になりました。

正直なところ理由はよく分かりませんが、結果的には大阪でもう1度チャンスを頂けた?のでしょう。。きっと。

その後も紆余曲折ありましたが、なんとか這い上がって、支店の大きな売上(年間1億円以上の市場)を占める重要な取引先を任せてもらえるまでに至り、奇跡的な成長を遂げたわけですが3年目にある事件が起きます。

そうカンタンにことが進むはずがないのが僕の人生なのです(笑)

 

深夜2時・帰宅運転中に気を失って死にそうになる

仕事もある程度出来るようになり、社内や取引先からも信頼を勝ち取ったわけですが、そうなると業務が激務すぎて毎日体力と精神を擦り切らせる日々が続きます。

1日15時間以上の労働は当たり前で、休みは週1日あればマシ。

クレームや打ち合わせなどで度々、休みの日でも呼び出されることは日常茶飯事です。

 

しかも担当現場が多すぎて、仕事中も休み中もずーっと電話が鳴り続けているのです。

仕事用携帯の着信履歴は1日100件を余裕で越えるので、もう誰から何時に掛かってきたのかが全く把握できません(笑)

忙しすぎて心も身体も休まる暇がなく、あの頃アホみたいに働いてましたね。。

 

そんな中、いつものように仕事を終えて深夜2時過ぎに自宅に帰ろうと車を走らせていたのですが、、、

あまりに疲れが溜まりすぎていたせいで、帰り道の高速道路で意識が急に飛んでしまったのです。

 

途中で意識を取り戻した時には、なぜか高速道路の停車スペースに止まっており、しっかりハザードまで点けてるではないですか(笑)

今でこそ笑い話で済みますが、一歩間違えたら死んでても不思議じゃなかった

 

こんなに疲れ果てるまで働いてても手取りが当時20万ちょっとだったのですが、

「まあ新卒だから最初は我慢しないと・・」と自分に言い聞かせて、それ以降もガムシャラに働いていたわけですが・・

 

ある日、事務所に帰ってきた時に、上司(課長)の給料明細が机に置かれてるのを、たまたま見てしまい僕は一瞬頭が真っ白に。

—————————————-
【上司のスペック】
35歳、課長職、手取り24万円
家族構成:奥さん(共働き)、子供1人
—————————————–

一回り以上年上の上司(管理職)と給料が1~2万しか変わらないという驚愕の事実が判明。

 

「どれだけ頑張ってもこの程度の評価かよ・・
これじゃあ、家族がもし出来ても養えないじゃん。」

「このままいけば低給料でこき使われてマジで死ぬ」

と瞬時に悟り、転職を決意したのです。

 

サラリーマンとして生きることが僕にとって幸せなのか?

転職活動が思いの外トントン拍子に進み、業界では有名な人材業界のコンサルタント職に転職が決まりました。

年収も上がり、会社自体も将来性のある上場企業だったので、いわゆる「キャリアップ」に成功できたわけです。

元々ダメダメ人間だったわけですけど、「人間頑張れば何とかなるもんだ」と、転職が決まった当時は感慨深かったですね。

 

・・だけどまたしても、明るい未来への入り口だと思っていた扉は、あっけなく閉ざされてしまうのです。

 

仕事柄色んな方が面談に来られて、転職相談を受けてきたわけですが、

・同じ会社で頑張って長く働いてきたのに会社の都合によって減給されたり退職に追い込まれる人。

・転職したくても希望する条件の求人がなくて、今の会社で我慢しながら働く人。

・会社の仕事を優先しなければならないため、家族や自分の時間を犠牲にしてる人。

そんな人たちを沢山目の当たりにしてきたのです。

 

中には景気の影響で退職を余儀なくされた、名の通った大企業の役員の方もいらっしゃいました。

 

これって他人事ではなくて、

「もし自分が同じ立場でリストラに合ったり、転職活動をしたくても出来ない状況になったとしたら・・」

誰も助けてはくれないし、今の状況を受け入れて我慢するしかなくなります。

 

結局どこの会社に入っても「安定」なんて保証されていない。

会社や景気の影響でどうなっても逆らえない現実を目の当たりにし、「サラリーマンとして生きることが僕にとって幸せなのか?」と考えるようになりました。

 

このまま心を殺して生きるくらいなら・・

社会というシステムの中で生きている以上、これは仕方がないことかもしれませせん。

だけども、その社会のシステムにずっと従って生きてきた人生の先輩達の疲れきった表情や、

未来に希望なんて微塵も感じてなくただ生きるために働いてる姿を見る度に、「こうやって人の心は殺されていくんだな」ということを思ったのです。

 

べつにサラリーマンとして働いてる方全員を否定するつもりはありません。

「生きること」「働くこと」って大変です。家族がいるなら家族を守るために頑張ってる人だっているわけですから。

 

だけど僕はそれが我慢できなかった。

やりたくもないことを延々とやり続け、嫌な人間関係に我慢して、とりあえず世間体とか上司から気に入ってもらうために出世ロードを必死に走る。

心を擦り減らしながら、毎月一定のお給料は貰うために、明日のメシ代を稼ぐために生きる。

 

いつの間にかドンドン人生の選択肢がなくなっていき、歳を重ねていく。

「僕自身はそんな生き方がしたいのだろうか?」と考えに考えた末に出た結論は、会社を辞めることでした。

 

26歳の3月に辞意を申し出て僕は、脱サラをしました。とはいっても、ただの無職ですけどね(苦笑)

正直なところアテもプランも何もありません。

とりあえず「このまま心を殺して生きるくらいなら、自分らしく自由に生きたい」という想いのまま勢いで辞めてしまったので、26歳の時点で僕は無職になってしまったのです(笑)

 

会社を辞めて自由な時間が増えていけば、きっとなにかが見つかるかも。。

という今思えば子供じみた発想で、辞めてしまったものですから、この後とんでもない苦労をすることになります。

 

・・・続く。

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