年末に実家に帰省したら父が一億円に当選したと喜んでいた話

      2016/04/20

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どーも、桑名です。

一体何人がこのブログを読んでいるか分かりませんが、

あけましておめでとうございます。

 

さて、年末になったので実家の岐阜に帰省しておりました。

実家に帰って早々に父が衝撃の告白をしてきたんです。

 

 

 

父「1億円に当選したかもしれない」

 

 

僕(心の声)「おいおいマジかよ(笑)」

 

まさかと思いながらも0.5%の期待を膨らせ、

買いたいものリストを頭の中で作成しながら、

詳しく話を聞いてみるも案の定99.5%の予想が的中していました。

 

父のiphoneに届いた1億円当選メールの内容

父が買ったばかりのiphoneに1億円当選メールが届いていたのですが…

 

おめでとうございます。

この度は厳選なる抽選の結果、お客様は1億円に当選致しました。

1億円のお受け取りには期限がございますので、

下記のURLから口座情報をご入力ください。

http://*********(たぶん押してはいけないリンク)

メール消しちゃったけどこんな感じの文章。

まあ…誰が見ても分かるよくあるスパムメールだったんです(笑)

 

てっきり年末ジャンボ宝くじが当たったのかとでも思ったのですが、

メールが届いたと聞いた瞬間にスパムだとすぐ分かりました。

とりあえず個人情報はまだ送信してなかったようで、

何も起きることなくメールは今後無視して消すように伝えました。

 

でも直前までの父は、

「これはもしかすると本当かもしれない」

と真に受けてたんですね(笑)

 

平和な田舎暮らしでスマホも購入したばかりのネットに疎い父だったのですが、

こんな典型的な詐欺情報も信用しちゃうとは思わなかったので、

情報格差って知らないところで広がっているなと実感したわけです。

 

「これは詐欺情報だから信じたらダメだよ。」と教えた時の、

若干悔しがる父の表情を見てなんとも切なくなりました。

 

情報格差ってこわいよね

「情報格差」っていう言葉をよく聞きますが、

まさにウチの例は典型的だったと思うんですね。

「情報格差」

都市部と地方間における放送・通信・情報量やサービスの可否に差があること。

また、情報技術(IT) を使いこなせる者と使いこなせない者の間に格差が生じていることを指す。

特に情報技術を使えていない、あるいは取り入れられる情報量が少ない人々、

または放送・通信のサービスを(都市部と同水準で)受けられない地域、

および住民のことを情報弱者(しばしば情弱と略される)とも呼ばれる。

参照:wikipedia

要は、情報を知ってる人と無知な人との格差(溝)の広がりを指してるわけです。

 

べつに親をディスるつもりはないんですけども、

何が問題かって今回みたいなテレビやネットでも情報が出てるようなものでも、

未だに知らない人はやっぱり一定数いて残念なことに搾取されてしまうということ。

 

別に典型的なオレオレ詐欺とかスパムメールに限らず、

今の僕にとっては当たり前だと思ってる情報が、

他の人にとっては当たり前ではないことも多いんだなと思います。

それは逆もしかりですが。

 

僕なんてまだまだ無知ですが数年前から社会のレールから外れたような生き方を始めて、

ネットビジネスやら自己啓発やらなんやら色々と情報を学んできたわけです。

マトモな情報から詐欺情報まである程度見てきたわけですから、

流石にこれはアカンやろっていうレベルの情報くらいはすぐに分かります。

 

でも未だによくあるネットの詐欺情報を未だに信用して買う人もいるし、

自己啓発とかスピリチュアルに答えを求めてハマって抜けられなくなる人もいるし、

新興宗教とか霊感商法に引っかかってしまう人もいるわけです。

 

送料無料のAmazonで注文したほうが安くて早いのを知らずに、

店舗まで出向いてわざわざ高い値段を買う人もいます。(うちの店で買ってくれ。笑)

 

 

本当に無知な人であれば、

「ブログ書くって芸能人気取り?」とか、

「起業なんてリスクあるから辞めとけ」とか、

「会社に勤めて結婚して定年まで働いて生きるのがマトモ」とか、

普通に思い込んじゃってる人だっているわけです。

 

 

ただ、これって別にその知らない人たちが悪いわけでもなんでもなく、

国とか企業とか新聞とかから情報が与えられるのが普通になってるし、

限られた価値観の世界(地域、コミュニティ)の中でしか生きてないから、

情報に振り回されてしまうのも仕方ないのかなとは思います。

 

じゃあそのままで良いのか?っていうとそうでもなく、

情報はやっぱり知ってるほうがいいわけだし、

正しく情報を扱える力や判断基準って大事になってくると思うんですよ。

 

情報リテラシー力を鍛えよう

 

情報リテラシー(じょうほうリテラシー、information literacy

情報 (information)と識字 (literacy) を合わせた言葉で、

情報を自己の目的に適合するように使用できる能力のことである。

「情報活用能力」や「情報活用力」、「情報を使いこなす力」とも表現する。

したがって情報リテラシーとは、情報を主体的に選択、収集、活用、編集、発信する能力と同時に、

情報機器を使って論理的に考える能力が含まれている。

参照:wikipedia

結局、どんな情報を沢山知っていたとしても、

それを扱えない限りは情報に振り回される人生になってしまうわけですよね。

 

だからこそ情報リテラシー力を鍛えるべきなんじゃないかと。

って、いうか鍛えましょう(笑)

 

でも、情報が正しいか間違っているかという答え探しをするのではなく、

「情報を自分で取り扱えるようにする」ってことが大事なわけなので、

答えを求めないってことが大事になってくるわけです。

 

 

「鍛える」とか「自分で取り扱えるように」って、

難しく感じるかもしれませんがシンプルです。

 

「考えること」

「調べること(聞くこと)」

これさえ出来れば誰でも鍛えられると思っています。

 

考えること

「自分はどうしたいんだ?」

「これはどういう意味があるのか」

「どうすればうまくいくのか」

って自分が考えて仮説を立てられるかっていうことです。

 

すっごくシンプルな話をすると今朝の新聞の中に、

「食材が10%オフ!」ってスーパーのチラシが入っていたとします。

 

これを見て「安売りしてるからとりあえず買わなきゃ」なのか、

それとも「たしかに安いけど食材もまだあるから必要ないな」なのか、

自分で考えて選択出来てるか?っていうことなんです。

 

「履歴書に書けるような資格をとりましょう」とか、

「グローバル化が進んでるから英語を学びましょう」とか、

「○○が流行してますからブームに乗っかりましょう」とか、

 

テレビや町中の広告からも情報は容赦なく飛び込んでくるわけですが、

「それホントにいるの自分?」って話なんです。

 

 

「この方法をやればうまくいきます」って教えられた時に、

その通りにやってみたつもりだけど出来なかった。

 

「じゃあなんで出来なかったのか?」

「それとも自分のやり方にズレがあったのか?」

「どうしたら次うまくいくの?」

 

って自分で考えて検証してまた実践できる人が、

情報をうまく自分で取り扱えてる人なんですね。

 

とてもシンプルな話なんですけど、

これが多くの人が出来ずに無意識に情報を受け取って、

情報を鵜呑みのままに選択・行動をしています。

 

「ウソじゃねーかコノヤロー!!」

ってクレームをブーブー言うだけの人は、

同じことを今後も繰り返す可能性大です。

 

考える習慣をつけましょう。

 

調べること(聞くこと)

考えても分からないこともあるでしょう。

っていうか何でも自分で分かる人なんているのかって話です。

 

だったら調べるか・聞けばいいいんですよ。

 

今ならインターネットという便利なものがありますから、

聞きたいことを打ち込めばGoogle様が教えてくれます。

たぶん8~9割の大まかなことは解決できる気がします。

 

そして調べてる間に余計な情報まで勉強できてしまいます。

ありがとうGoogle。

 

でもコンピュータでも分からないような細かい部分の悩みも沢山ありますよね。

それは人に聞けばいいんですよ。

 

情報を知っていそうな友人や家族でもいいし、

なんならネットでも探せば専門家のホームページとか見つかったりしますから、

そこから直接相談したり、問い合わせしたらいいんですよ。

 

そしたら解決策や新しい視点が自分の中に生まれますよね。

そしたらまた考えてやってみてを繰り返すだけです。

 

そうやっていくうちに情報に対する自分の処理能力や、

扱い方がかなり変わってくるはずですし、

いちいち惑わされたりすることも少なくなってくるでしょう。

 

まとめ

無知はこわい。

情報リテラシーを鍛えよう。

そしてスパムメールには気を付けよう。

 

お正月番組ばかり観てゴロゴロして、

達成する気のない新年の目標とか呑気に考えてる暇があるなら、

とりあえず行動です。行動。

 

何か目標立てたんだったら、

とりあえず方法を考える、探す、やってみるのみです。

 

どうしようもなくなったら、とりあえず走りましょう。

僕は健康のために今年から走ります。

 

それでは、また!

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